四畳半神話大系という本

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
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高校一年生の春。公立高校に不合格を言い渡されたわたしは、滑り止めだった私立高校に通うことになった。当時は自分が落ちるとは思っていなかったので、私立高校の制服に袖を通すこと、もっといえば私立高校の名前を見ることすら嫌だった記憶がある。

自分は悪くない、自分は少し運が悪かっただけだ。そう思いこんでいた時、ある少女漫画を読んだ。そこでわたしは、公立高校に落ちた悔しさをバネに、とんでもない挑戦をすることを決意した。

とんでもない挑戦とは、高校デビュー、なるものである。少女漫画のように、毎日が輝いていて友達がたくさんいて彼氏もいる。どうせ公立高校に落ちたのなら思い切り楽しんでやろうではないか! そんな考えを持ち、自分に秘められた無数の可能性に胸を高鳴らせて高校の門をくぐった。

そして入学して2日目。

骨折を、したのだ。

入学して間もない頃に骨折をしてしまった。文字にするとたった一行に収まるが、これはわたしにとっては死活問題であった。




高校生というものは、新学期に入って1日目はお通夜状態だったのに、2日目にはさもずっと前から知っていたかのような仲良しぶりを発揮する不思議な生き物である。

そんな中で骨折してしまったのである。それも入院が必要なレベルのものを。たった1日休んだだけでまるで別世界になっている教室に、長期間行くことができなかったらどうなるか。ここから先の、遠足やクラスの打ち上げなどの楽しい高校生活が自分抜きで行われていくことなど、想像したくもなかった。


しかし、治療しないわけにもいかず、一週間と少しの間入院することとなった。入院生活が始まった途端に自らとその高校生活に絶望し、ただひたすらに自殺方法について考えていた。今考えるととても痛々しい。



そんな時わたしは、四畳半神話大系(著:森見登美彦)

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)

という本に出会った。

この本の主人公は、薔薇色のキャンパスライフを夢見て大学に入るものの、理想と現実との差に嘆き悲しみ、しかし頑なに自らの非は認めようとしない、そんな人物である。

これはわたしではないか?京都大学に入学し生活ができるだけの頭となぜかいつも仲良くしてくれている親友がいない事を除けば、わたしではないか?
主人公の「私」には失礼であるがそんなことばかり考えて読み進めた。


そして、読み進めているうちに、ある言葉に頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

「可能性という言葉を無制限に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々がもつ可能性ではなく、我々がもつ不可能性である。」

そうであった。わたしは何を考えていたのだろうか。わたしは高校デビューなどという甘い言葉に踊らされ、自分が陰キャラだということ、人と話すことが苦手だということをすっかり忘れてしまっていた。

わたしがなろうと思ってもアオハライドの主人公にはなれない。ストロボエッジの主人公にもなれない。君に届けの主人公にだってなれない。わたしは、少女漫画に出てくるヒロインにはなれないのである。そんな決してなれはしない、なることなど到底不可能なものに勝手に憧れ、勝手に失望していた。


この本に出会ったわたしは吹っ切れ、退院したあとは無理にクラスの中心グループと仲良くしようとすること、すなわち少女漫画のヒロインを目指すことをやめ、自分と話が合う友達を作る努力をし、今では少女漫画のような、とはいかないが、それなりに楽しい日々を過ごしている。


しかし、2年後、この本はわたしに京都大学へのどうしようもない憧れを残し、同時に、京都大学の学生になることはわたしを規定する不可能性である、という絶望を与えたことに気づくことになるのであった。